俺は最低限のスタミナを維持するため週に3、4回走ってます。今日も雨が止んでたんで渋々走りに行きました。コースはその日によって変えるんですが今日はお気に入りの武庫川河川敷を走りました。3キロぐらい過ぎた辺りで良い感じで汗が出てきた頃前にチャリに乗ったオバチャンがいました。俺の走るスピードは決して速くなくチントロ走るんですがそのオバチャンはチャリやのに俺の走るんより遅いぐらいチントロ走ってました。「チャリ乗らんと歩けや邪魔やのー」って思いながら追いついてしまいました。後ろに付いて走ってる状態になったんですがオバチャンは一度振り向きました。それでも抜くに抜けへんかったからそのまま付いて走ってたら今度は「何、この変態、汗まみれで何ハーハー言わしてんの?気持ち悪いわね。私を襲う気?私を襲う気なんでしょ?」みたいな顔しながら凄い睨んだ瞬間オバチャンは立ち漕ぎしながら猛スピードでチャリ漕いで行きました。「待てコラ!!誰か鏡を持ってきてやれ、このオバハンに全身写るピカピカに磨いた鏡を持ってきてやれー!!」って言いたいのを黒帯なんでグッと我慢しながら走り続けました。俺そんなキモかったか
オバハン?でもオバハンも負けず劣らずパンチきいてたで。チャリ速く漕げるんやったら最初から漕いどいてや。
2007年7月12日木曜日
2007年7月10日火曜日
初組手
昨日の稽古で子供達初めて組手に挑戦しました。まあ組手と言ってもパンチを単発でしか出さない約束組手ですけど。それでもやっぱり緊張感があり優しい子は叩くのに躊躇する子もいればガンガン叩きに行く子もいました。しかしまだ形は決まらないんでもっと基本稽古、移動稽古、型をやってピシッと決まるようになると組手もピシッと決まるようになると思います。子供達は顔を叩かせないんですが、やはり子供の脳に衝撃を与えることは絶対によくありません。冗談で「顔叩かれ過ぎたらアホになって俺みたいになってまうぞ。」って言ったらソラ君のおばあちゃんが大爆笑してくれました。それを見たソラ君もちょっと引きながら「笑っちゃったよ」と心配してくれました。ありがとうソラ君。ってことで来週祝日やけど来てくれたら基本、移動みっちりやるから楽しみにしといてください。
2007年7月9日月曜日
不死鳥の如く
実は愛犬の一平が一週間前に危篤に陥りました。その日バイトから帰ってきて玄関の門を開けるといつもは寝てても起きてきてすり寄ってくるんですがその日は地面にへたり込んでました。あー暑いからしゃーないなと思い家に入って机の上を見るとオカンからの手紙で「一平の調子が悪いです。覚悟しておいてください。」って置き手紙してるんですよ。俺はそれを読んだ瞬間一平の元に戻ってよく見たらもう息すんのも苦しそうでした。俺は一平の横に添い寝して頭を撫でながら必死で神様にお願いしました。普段神社とかも初詣ぐらいしか行かへんのにそういう時だけ何の神様にかは分からんけど無我夢中でお願いしました。普段泣くことなんか少なくなってきましたが涙が止まりません。涙を流しながら後悔で一杯でした。何でもっと可愛がってあげんかったんや。何ですり寄ってきても頭三回ぐらい適当になでて言葉をかけることもなくいつも家に入ってしもてたんやって。俺は一平に約束しました。絶対元気なれや。元気なったら一杯遊んだるから今死んだらあかんでって。苦しそうやったから繋いであるロープを外してあげました。ほんならなんと一平は宙を睨みながら必死で
起き上がり足を引き吊りながらオトンとオカンが寝てる寝室の窓の横まで必死で歩いていき寝転がりました。あーやっぱり一番世話してるオトンとオカンのそばで寝たいんやなと思い後は任せこれが最後のお別れの挨拶と覚悟を決めて「今までありがとう、おやすみ」と頭を撫でてから部屋に入りました。素面じゃなかなか寝れんから酒をたらふく飲みました。そして次の日あんだけ飲んだ酒も全く残らず早朝に目が覚め一平を見に行くとまだ息がありました。俺は安心しましたがやっぱり苦しそうです。その日も何とか持ちこたえて次の日具合はまだまだ悪そうなんですが何と一平はご飯を少しだけ食べました。嬉しかったですよ。オカンなんかこれが最後のご飯になるやろうからって一平の好物の肉やらクリームパンやら好きなだけ食べさします。そして次の日一平は力弱げにですが少しだけ鳴きました。俺は約束通り帰って来る度に頭を撫で回し生きてることに感謝して精一杯愛情そそぎました。しかし昨日ついに一平は・・・走り回ってました。傘も噛み壊してました。前までは綱に繋いで生活してたのに今綱に繋ぐと「俺病人やぞ、こんな綱外せや、死ぬぞコラ」と大声で鳴けるよ
うになりました。ご飯も好き嫌いのメッチャ激しい子になってしまいました。足腰も綱に繋がず自由にさしてるから段々強くなってきて前まで歩くときに震えてたのがなくなり以前より丈夫になったようです。このままやったらまだまだ二、三年は生きてくれそうです。があまりのわがままが過ぎると俺が殴り殺してしまいそうです。
起き上がり足を引き吊りながらオトンとオカンが寝てる寝室の窓の横まで必死で歩いていき寝転がりました。あーやっぱり一番世話してるオトンとオカンのそばで寝たいんやなと思い後は任せこれが最後のお別れの挨拶と覚悟を決めて「今までありがとう、おやすみ」と頭を撫でてから部屋に入りました。素面じゃなかなか寝れんから酒をたらふく飲みました。そして次の日あんだけ飲んだ酒も全く残らず早朝に目が覚め一平を見に行くとまだ息がありました。俺は安心しましたがやっぱり苦しそうです。その日も何とか持ちこたえて次の日具合はまだまだ悪そうなんですが何と一平はご飯を少しだけ食べました。嬉しかったですよ。オカンなんかこれが最後のご飯になるやろうからって一平の好物の肉やらクリームパンやら好きなだけ食べさします。そして次の日一平は力弱げにですが少しだけ鳴きました。俺は約束通り帰って来る度に頭を撫で回し生きてることに感謝して精一杯愛情そそぎました。しかし昨日ついに一平は・・・走り回ってました。傘も噛み壊してました。前までは綱に繋いで生活してたのに今綱に繋ぐと「俺病人やぞ、こんな綱外せや、死ぬぞコラ」と大声で鳴けるよ
うになりました。ご飯も好き嫌いのメッチャ激しい子になってしまいました。足腰も綱に繋がず自由にさしてるから段々強くなってきて前まで歩くときに震えてたのがなくなり以前より丈夫になったようです。このままやったらまだまだ二、三年は生きてくれそうです。があまりのわがままが過ぎると俺が殴り殺してしまいそうです。
2007年7月7日土曜日
黒帯への道
最近俺初段になった城南大井町道場の嶋村さんからしかメールきません。携帯壊れてるんですかね?あ、さて極真空手を始めた人の憧れはやっぱり黒帯を取得することやと思います。自分も昔オーストラリア(英語は話せないです)で初段取りました。なんとオーストラリアは初段取んのに40人組手をしないと駄目なんですよ。まあ組手って言っても軽いスパーリングぐらいなんですかそれでも一人1分30秒やったから疲れましたわ。しかし二段受けるのはまさかの二十人。減っとるがな。それで帯来るまで半年ぐらい待たされました。黒帯になったら名前と極真ってのが刺繍で入ります。それに憧れてましたからね。それでやっと帯きたら「ゲン ミズトメ」って書いてるんですよ。最初あまりの嬉しさに涙でかすんで読みづらいんかなって思ったんですが間違いありません。「オイオイこの道場にはそんなふざけた名前の奴いないぜ、早よ俺のくれや。」って思って指導員の顔を見ると満面の笑みを浮かべながら「コングラッチレーション、ゲン!!」と言われたんで何も言えなかったです。その日から俺はミズトメで練習してたんですが日本に帰ってきて城南に移
籍して初めて審査のお手伝いに行かしてもらった時明らかに「あの日系人は誰や?日本語通じんのか?何でミズトメやねん?」みたいな空気ですごい寂しがったです。あまりにもひどいんで金子先生が新しい帯作ってくれました。それからやっと水谷としてほんとの黒帯になった気がしました。黒帯には頑張れば誰でもなれます。途中でもーいーやと諦めるんじゃなく頑張ってたら絶対なれるんで諦めないでください。今、豊中道場では頑張ってたらいつか黒帯になれるよキャンペーンやってます。入るなら今だ!!
籍して初めて審査のお手伝いに行かしてもらった時明らかに「あの日系人は誰や?日本語通じんのか?何でミズトメやねん?」みたいな空気ですごい寂しがったです。あまりにもひどいんで金子先生が新しい帯作ってくれました。それからやっと水谷としてほんとの黒帯になった気がしました。黒帯には頑張れば誰でもなれます。途中でもーいーやと諦めるんじゃなく頑張ってたら絶対なれるんで諦めないでください。今、豊中道場では頑張ってたらいつか黒帯になれるよキャンペーンやってます。入るなら今だ!!
2007年7月4日水曜日
マクラーレン
新しい枕を買いました。肩甲骨周りを痛めてしまい寝てても痛いんでとりあえず枕を変えてみました。なぜ肩甲骨周りを痛めたのかと言うとウエイトトレーニング中に痛めました。俺の行ってるジムはスポーツセンター内にありお世辞にも最近のフィットネスクラブのような清潔感や爽やかさはないです。硬派な野郎の集いの場です。その日は足を徹底的にいじめてやろうとスクワットしてたんですが何やら後ろでヒソヒソ話が聞こえます。話してる人達は50歳ぐらいの多分夫婦なんですが会話をよくきくと「凄いな、何キロあんねん。」とどーやら俺のスクワットに釘付けのようです。まだアップやったんですが「オイオイこんなんでビビってたらあかんで」とさらに重くしてやりだすと夫婦もさらに良い反応。「エ、棒しなってるやん。折れそうになってるやん、ドンダケー!!」とナイスな反応。俺はさらに気分を良くしほとんど下がりもせんのに200キロをセットしました。いつもより気合いを入れて持った瞬間、多分シャフトを置く位置が悪かったんやと思うんですが肩甲骨周りからピキッと違和感がありました。しかしご夫婦の夢と希望が詰まってる200キロをもう一度置
くわけにはいかず無理してやりました。終わって置いた瞬間メッチャ痛い。しかしそれでも痛い顔せずご夫婦に微笑みかけたんですがあまりの痛さに「あ、俺今日用事あるんやった」って迫真の演技の顔を作りながら時計を見て急いで帰りました。それから寝てても痛いし。一週間たってもう一度スクワットやったらメッチャ軽いの持っても痛いし。でも枕変えたらメッチャ寝心地いいわ。おかげで今日寝坊しました。
くわけにはいかず無理してやりました。終わって置いた瞬間メッチャ痛い。しかしそれでも痛い顔せずご夫婦に微笑みかけたんですがあまりの痛さに「あ、俺今日用事あるんやった」って迫真の演技の顔を作りながら時計を見て急いで帰りました。それから寝てても痛いし。一週間たってもう一度スクワットやったらメッチャ軽いの持っても痛いし。でも枕変えたらメッチャ寝心地いいわ。おかげで今日寝坊しました。
2007年7月3日火曜日
確実に強くなってます。
昨日は子供達組手やろうと思ってたんですが時間がなくなりできなかったです。しかし組手の構えからのパンチ、それを実際にミットに叩くまではやったんですがほとんどの子が上手にやってました。特にリョウスケとシュウタロウはやっぱり一番長くやってるだけにパンチをだす姿もさまになってきました。ユメちゃんも女の子やからミット持つの辛いかなと思い「持ったるわ」と言うと「自分で持てる」とちゃんと言えます。顔は可愛いのになかなか気は強いです。気が強いと言えば大人のクラスのユガさんも相当なもんですよ。日曜日奈良まで試合観戦に来てたユガさんに「今度ユガさんも出てみます?」って聞いたらプライドでヴァンダレイシウバが高田延彦に「お前やるのか?」と聞かれ「ヤル!!」と即答した時ぐらい早くユガさんも何の迷いもなく「出る。」って答えました。俺も思わず「お前、男の中の男だ!!」と高田延彦を真似したくなったんですがやめときました。これで次回の試合が俄然楽しみになりました。それでは最後に言わしてください。「男の中の男達、デテコイヤー!!」
2007年7月2日月曜日
奈良県錬成大会
昨日奈良県錬成大会に行ってきました。いやー空手熱は関東にも全然負けてないですね。試合の熱気と興奮はどこの会場も一緒でした。しかし市川支部長が率いる奈良支部は支部長の徹底した青少年育成のお陰で選手が頑張ってるのはもちろん父兄の方もけっして試合場に野次を飛ばしたりすることなく応援も素晴らしかったです。関西の大会なんで「イケコラー、蹴りまくれアホー!!」とかやったら恐いなーって思ってたんですがそんなことは一度もなかったです。習ってる子達を教育するのは当たり前なんですがその父兄まで武道空手とはこういうものだと支部長自らが手本となり引っ張ってる姿はほんと凄いです。同じ関西でこんな素晴らしい支部があると思うと今までは一人でやっていかなあかんと思ってたんですが凄く心強くなりました。来年は絶対豊中道場から試合に生徒出したいですね。追伸、昨日試合に行く途中凄く寂しくなりました。今まで東京で試合に行く時ユウスケが車を出せる時は夏原先輩や東海林先輩と一緒に乗って行ってたんですがそらゃもう楽しいですよ。遠足行くんちゃうかって思うぐらいはしゃいでました。帰りもどんだけ疲れてても誰も寝ません。喋
りっぱなしでした。それなのに昨日は独りぼっちです。お腹が空いたんで羽田道場の石澤先生の真似して「メシ、メシ、メシ食わなきゃ死んじゃうよ。」って一人で言ったら涙が出そうになりました。しかも帰りの運転中、睡魔に襲われ危うく事故るとこでした。なので早く生徒と行けるようになりたいです。
りっぱなしでした。それなのに昨日は独りぼっちです。お腹が空いたんで羽田道場の石澤先生の真似して「メシ、メシ、メシ食わなきゃ死んじゃうよ。」って一人で言ったら涙が出そうになりました。しかも帰りの運転中、睡魔に襲われ危うく事故るとこでした。なので早く生徒と行けるようになりたいです。
登録:
投稿 (Atom)




